アンコール遺産ガイド

アンコールとは、カンボジアの人口の90%を占めるクメール人が9世紀から15世紀にかけて築いた王朝の名前。その頂点ともいえるのが12世紀につくられた天空の楽園、アンコール・ワットだ。ヒンズー教、仏教、そして土着の宗教を織り交ぜて創造されたクメールの輝きを、地図や写真、解説を眺めながら触れてみてほしい。

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地上に現れた天空の楽園、アンコールワット

12世紀前半、時の国王スールヤヴァルマン二世によって築かれたヒンドゥー教寺院。ヴィシュヌ神に捧げられた寺院であると同時に、王自らを埋葬した墳墓でもあったとされる。クメールの他の多くの遺跡が東を正面としているのに対し、アンコール・ワットは正面が西向きであるためだ。

王は神々の化身であると同時に、神の世界と人の世界にまたがる存在でもある。王は自らその権力の正当性を示すため、「天空の楽園」をこの地上に示す必要があったのだ。

内戦やポルポト派政権下での大虐殺といった暗い時代を経て平和を取り戻したカンボジアにとって、アンコール・ワットは過去の遺産ではなく、民族の誇りであり復興のシンボルでもある。

ヒンドゥー教の神々

ヒンドゥー教の三大神といえば、ブラフマー神・シヴァ神・ヴィシュヌ神である。ちなみにこれらの神々に対抗する悪魔が阿修羅となる。

ブラフマー神は、元々バラモン教では宇宙の創造神としての最高神で、日本では梵天として知られているが、土着信仰との結びつきがないためかあまり人気がない。

シヴァ神は、破壊を司る神で、額の中央に第三の目を持つ。遺跡では「リンガ」と呼ばれる男根の形で、多くのヒンドゥー教寺院で崇拝の対象となっている。日本の仏教では「大黒天」「大自在天」として知られている。

ヴィシュヌ神は、善き者の守護し世界を導く神である。4本の手をもち、ガルーダを乗り物とする。太陽が神格化されたものとして考えられている。叙事詩「ラーマーヤナ」のラーマ王子など、10の姿に変身して地上に現れるとされる。ヒンドゥー教から見ると、仏陀もまたヴィシュヌの化身の1人である。妻はラクシュミーで、乳海攪拌(アンコール・ワット壁画の説明を参照)によって海の中から現れたとされ、絶世の美女として人気がある。日本ではラクシュミーは吉祥天と呼ばれている。

心優しき国王の慈悲にあふれたアンコール・トム

アンコール・トムは、旧都ヤショダラプラに覆い被さるようにして12世紀末から13世紀初頭、ジャヤヴァルマン七世によって建設された。1177年、ベトナムのチャンパ軍によって陥落した王都を復興したジャヤヴァルマン七世は、救国の王として現在でもなお人気があり、病院の屋上やホテルの部屋の中など、いたる所でその像が見受けられる。彼は熱狂的な大乗仏教の仏教徒でもあり、衆生の救済がアンコール・トムのメインテーマとなっている。

観世音菩薩で埋め尽くされた仏教寺院、バイヨン

アンコール・トムの中心に位置し、「クメールの微笑み」として知られる四面塔で有名な仏教寺院。アンコール史にその名を遺すジャヤバルマン七世によって12世紀末に建設された。この四面仏、今では観世音菩薩として定着しているが、はじめはヒンドゥー教のブラフマー神だと考えられていた。その後アンコール・トムは旧都ヤショダラプラだとされ、その中心にあるバイオンはシヴァ神を祭ったものだという解釈が長い間定説となっていたようだ。

自然の強大な力に諸行無常を感じさせるタ・プローム

巨大なスポアン(ガジュマル)によって崩壊がすすむタ・プローム。この遺跡は修復や樹木を取り除かず、自然の力に任せている。巨大な熱帯樹が遺跡を飲み込んでいく姿には圧倒される。樹の根は礎石の間に入り込み、建物を引き裂いて崩していく。

ジャヤヴァルマン七世が母の死を悼んで1186年に建立した仏教僧院だが、後にヒンドゥー教寺院となったようだ。

アンコール・ワットやバイヨンに比べると、人影は少ないほうだが、それでも多い。このような遺跡には静寂が似合うのだけれど。

彫刻が美しい紅色の寺院、バンテアイ・スレイ

車窓から農村の人々の生活を眺めつつ、シェムリアップ市街から北東へ40km移動すると、バンテアイ・スレイが見えてくる。ラテライトと紅色砂岩で紅に染まった、ヒンドゥー教の寺院だ。小振りで可憐なこの寺院は、精密で彫りの深い彫刻の数々で満たされ、洗練された美しさを持っている。アンコールで最も美しい遺跡だという声も多い。

作家アンドレ・マルローがその美しさに見せられ、盗掘を試みて逮捕されたことで一躍有名となった「東洋のモナリザ」は、現在は立ち入り禁止エリアの中にあり、近づくことができない。残念だ。

架空動物について

クメールの文化には、たくさんの架空動物が存在する。神々に比べると、その多くが土着信仰に結びついており、より身近な存在と言えよう。ここではナーガ・ガルーダ・マカラ・カーラについて紹介しよう。

ナーガはインドの先住民時代から信仰され、アーリア人にも取り入れられた蛇神であり、それが東南アジアに伝わったとされる。ナーガは水との結び付きが強い。河川は土地を肥やし、豊穣をもたらし、輸送手段を提供する。そのような五穀豊穣への願いが、ナーガに込められているのだろう。

ガルーダはヴィシュヌ神の乗り物として知られている。半人半鷲の聖なる鳥とされる。ナーガの天敵であり、ナーガを踏みつけるガルーダが一体となってデザインされていることも多い。

マカラはインド神話に登場する巨大な魚で、ワニをモデルに作り出されたとされる怪物で、象のような鼻をもち、顔と前足は獅子のようであり、体は魚である。日本の仏教寺院でも装飾として見ることができ、またシャシホコの起源である、ともされる。

カーラはヤマ(閻魔大王)の別名だともされ、代表的な装飾モチーフである。顔面しかない理由には諸説ある。ひとつは食欲旺盛で自らの手・足・体を食べ尽くしてしまったというものである。もうひとつは、乳海攪拌で首を切られた阿修羅だというもので、ちょうど薬を飲んだ瞬間だったために頭部が不死となったというものだ。

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